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仙台地方裁判所 昭和34年(ワ)360号 判決

原告 株式会社藤崎

訴訟代理人 干葉長

被告 国

訴訟代理人 朝山崇 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

請求の趣旨

「被告は、原告に対し金四八万七、四一三円及びこれに対する昭和二七年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金具を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求める。

請求原因

一  原告は、昭和二七年一二月二六日訴外株式会社七十七銀行との間に、同銀行に負担する債務を担保するため、仙台市大町五丁目一九三番宅地九二坪三合四勺ほか五筆合計六七五坪六合および当時の登記簿上の表示が別紙第一目録記載のとおりの建物につき債権元本極度額一億五、〇〇〇万円の根底当権を設定し、同日仙台法務局でその登記手続きをした。

二  ところで右抵当物件の建物は、右登記簿上の表示と一致する構造坪数のものであつたが、その後増築により坪数が増加し別紙第二目録記載のとおりのものとなつた。しかし抵当権の目的物である建物は、増築前のものであり、当時建築工事中の増築部分はこれに含まれていないので、原告は、当然に第一目録記載の建物の表示により登記手続をしたものである。

三  抵当物件の登記申請当時における価格は土地二、二〇一万七、六二〇円、建物五、二九九万五、九一〇円合計七、五〇一万三、五三〇円であり、債権金額一億五、〇〇〇万円よりも少なかつた。

従つて右登記手続に伴い納付すべき登録税の課税標準価格は、債権金額よりも少ない抵当物件の価格によらねばならない。

四  しかるに仙台法務局の登記官吏である登記係長法務事務官加藤信六は、このことを当然に知りまたは知り得べきであるのに、右課税標準価格を債権金額一億五、〇〇〇万円と認定し、その一、〇〇〇分の六・五にあたる九七万五、〇〇〇円の登録税の納付を命じたので、抵当権者七十七銀行との間に登録税を自ら負担することを約していた原告は、前同日同額の登録税を納付し、正当な納付税額四八万七、五八七円との差額四八万七、四一三円の損失をうけた。

かりに同人が右納付を命じたものでないとしても、申告にかかる課税標準価格を当然減額させる義務があるのに、同人がこれを怠つた点において、不作為による不法行為が成立する。

五  かりに不法行為が成立しないとしても、被告は、法律上の原因がないのに、当初から悪意で前記過納額を利得し、原告に同額の損失を与えたので、その返還義務がある。

以上の次第で、原告は、被告に対し前記四八万七、四一三円およびこれに対する不法行為または不当利得の日である昭和二七年一二月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の申立て

主文同旨の判決と予備的に仮執行免脱の宣言を求める。

被告の認否

請求原因一の事実は認める。

同二の事実のうち、建物が増築により原告主張のとおりのものとなつたことは認めるが、その時期は昭和二七年一一月三日ごろであり、その余は争う。すなわち抵当権の目的物である建物は、増築後のもの(かりに建築工事の一部を残していたとしても、社会通念上すでに増築部分を含めて一個の建物として取引の対象となり得る状態にあつたものである。)であり、原告は、当時建物の表示変更登記を経由していなかつたので、融資を急ぐ必要上第一目録記載の建物の表示により登記手続をしたものにすぎない。

同三の事実は争う。土地と増築前の建物だけでも、その価格は一億五、〇〇〇万円をこえるものである。

同四の事実のうち、原告主張の日に九七万五、〇〇〇円の登録税が納付されたことは認めるが、その余は否認する。なお登録税は登記権利者による申告納税であり、登記権利者である七十七銀行が課税標準価格を債権金額一億五、〇〇〇万円と申告しこれに対応する登録税を納付したので、登記官吏は、抵当物件の価格が債権金額をこえる通常の場合にあたるものとして、右申告を相当と認め、認定告知処分をしなかつたにとどまるものである。

同五の事実は否認する。国税の賦課徴収等に関して異議ある者は、国税徴収法の定めるところに従い所定期間内に不服申立ての手続をしない限りこれを争うことができないものであるが、本件登録税に関しては、何人からも適法な不服申立ての手続はとられなかつたので、租税債務は確定している。なお過納額の還付請求に対し仙台北税務署長のした却下処分に対しても、原告は不服申立ての手続をしなかつた。従つて法律上の原因を欠く利得は何ら存しない。

被告の抗弁

(一)  かりに原告主張の不法行為が成立するとしても、その行為の日は昭和二七年一二月二六日であり、原告は同二九年一月ごろ登録税の納付は過誤納であるから六四万四、三九七円を還付されたい旨を仙台北税務署長に申し出ているので、遅くともこの時に損害および加害者を知つたものというべきであり、従つてその後三年の経過とともに損害賠償請求権は時効により消滅した。

(二)  かりに右主張が理由がないとしても、登記権利者義務者の双方を代理した司法書士長田広高は、自ら課税標準価格を債権金額一億五、〇〇〇万円と申告しこれに対応する登録税を納付したのであるから、この点において原告側にも過失がある。

(三)  かりに原告主張の不当利得が成立するとしても、過納額の還付請求権は、公法上の不当利得返還請求権であるから、会計法第三〇条の規定により登録税納付の日である昭和二七年一二月二六日から五年の経過とともに時効により消滅した。

原告の認否

被告の坑弁(一)のうち、原告が過納額の還付を仙台北税務署長に申し出たことは認める。しかし原告は、昭和三三年一二月九日仙台法務局長から登録税納付証明書を交付されるまで、登記官吏が課税標準価格を債権金額一億五、〇〇〇万円と認定しこれに対応する登録税の納付を命じたことを知らなかつたのであり、右証明書により初めて損害を知つたものである。

同(二)の過失の点は争う。

同(三)につき、時効期間は民法の規定により一〇年である。

証拠〈省略〉

理由

原告は、昭和二七年一二月二六日訴外株式会社七十七銀行との間に、同銀行に負担する債務を担保するため、その主張する土地および当時の登記簿上の表示が第一目録記載のとおの建物(増築部分を合むか否かの点は後に判断する。)につき債権元本極度額一億五、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同日仙台法務局でその登記手続をした、このことは当事者間に争いがない。

ところで抵当権の目的物である建物は、原告において、増築前のものすなわち第一目録記載のとおりのものであり、当時建築工事中の増築部分はこれに含まれていないと主張するに対し、被告は、当時すでに建築工事が完了していたので、増築後のものすなわち第二目録記載のとおりのものであると争うので、この点を判断するに、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証、乙第二号証、第五号証の一、二、証人福地寿(第二回)の証言により成立を認める甲第九ないし第一一号証に、証人庄司信三、長田広高、福地寿(第一ないし第三回)の各証言(ただし庄司、福地証言については、後記信用しない部分を除く。)をあわせ考えると、次の事実を認めることができる。すなわち原告は、昭和二七年四月に増築前の建物(その構造坪数は第一目録記載のとおりである)。の第一期増築工事を株式会社安藤組に請け負わせ、翌五月に右工事に着手し、同年秋には仙台市で国民体育大会が開催されるという特殊事情もあつたので、同年八月ごろから昼夜兼行の建築工事を行ない、同年一〇月中には、すでに右工事の大部分である増築部分の本体を完成し、右建物の、構造坪数は第二目録記載のとおりのものとなり(増築前の建物が増築により第二目録記載のとおりのものとなつたことは争いがない。)、ただ外装、内壁の塗装、柱の飾り石の取付け等若干の附帯工事を残すにすぎなかつた(右残工事も翌二八年二月末にはすべて完了している。)。そして同年一一月一日から増築部分を使用して、原告の百貨店営業が盛大に行なわれていた。増築部分は、増築前の建物に付加して建てられたものであるが、外観上接続して一体をなしており、内部もその大部分が増築前の建物同様に商品の売場であつて、右両者は接続しその間に境壁等もない。本件根抵当権の設定は、前記のとおり昭和二七年一二月二六日になされたもので、第一目録記載の建物の表示により登記手続がなされているが、増築部分については、その後原告から保存登記手続をすることなく数年間を経過し、昭和三四年五月二八日に区劃整理登記嘱託上の必要あるため仙台市長から登記名義人である原告に代位して登記嘱託の結果、第二目録記載のとおり建物の表示変更登記手続がなされた。これより先原告は、昭和二八年一二月一〇日司法書士隠田勇を代理人として、右根抵当権設定登記の日より前の同二七年一一月一〇日増築により第一目録記載のとおりの建物が第二目録記載のとおりの建物となつた旨の申告をなし、家屋台帳にその旨登載された。また右のとおり結局原告は、自ら建物の表示変更登記手続をしなかつたのであるが昭和二八年一二月二三日右隠田勇を代理人として、建物の登記簿上の表示を同二七年一一月一〇日増築を登記原因とし第二目録記載のとおり変更する旨の建物表示変更登記申請書を作成させている。原告から七十七銀行に対し、昭和二七年一〇月二〇日付で、現在新築中の店舗一、二二一坪一合三勺を工事完了次第直ちに追加担保として差し入れる旨の念書があるが、一方同銀行から原告に対し、同三二年六月二二日付で、担保物件のうち店舗は、設定当初の公簿面六一一坪八合八勺をもつて一応設定し、工事完了次第直ちに追加担保として差し入れる約定であつたが、増改築も一応終了したようであるから、現況により、建物の表示変更登記をして欲しい旨の通知が出され、これに対し原告は、同年七月三日付で、引続き第二期、三第期の増築工事を実施していたため建物の表示変更登記の機を得ずに延引していたが、家屋台帳の現況をもつて手続中である旨の返答をしている。

以上のように認められ、証人庄司信三、福地寿の各証言中右認定に反する部分は信用できず、その他これを動かすにたりる証拠はない。

右の事実によると、原告と七十七銀行との間に本件根抵当権を設定した昭和二七年一二月二六日当時は、すでに増築部分の建築工事の大部分である本体の工事を完了していたので、実体上第二目録記載のとおりの構造坪数を有する建物が存在していたが、ただ登記簿上第一目録記載のとおりの建物の表示になつていたこと、増築部分は、その物理的構造はもとより取引または利用の対象として観察しても、増築前の建物に付加されこれと一体をなし、両者は別個の建物とみることにできないものであつて、右当事者間においても、当初から増築部分を含めて根抵当権を設定する意思であり、右部分のみについて新築による保存登記手続をしたり、いわゆる追加担保の約定をする余地のなかつたことを認めるに十分である。従つて抵当権の目的物である建物は、被告主張のとおり増築後のものすなわち第二目録記載のとおりであり、ただ根抵当権設定登記申請当時右建物の表示変更登記を経由していなかつたので、便宜上第一目録記載の建物の表示により登記手続をしたものにすぎないとみるのが相当である。

ところが原告は、右認定と異なり抵当物件がその主張する土地および増築前の建物であることを前提として、その登記申請当時における価格は合計七、五〇一万三、五三〇円であり、債権金額一億五、〇〇〇万円よりも少なかつたから、右登記手続に伴い納付すべき登録税の課税標準価格は、債権金額よりも少ない抵当物件の価格によるべき旨を主張し、これに基づき損害賠償または不当利得の請求をしているのであるが、抵当物件がその主張する土地および増築後の建物であること前認定のとおりであり、これを前提としてその価格を評価するときは、土地および増築前の建物を原告主張のとおりとみても、これに増築部分の価格を加える(抵当物件の一部分である以上、これにつき建物の表示変更登記を経由しているか否かを問わず、その価格が課税額算定の標準となることは勿論である。)ときは、債権金額一億五、〇〇〇万円をゆうにこえるものであることは、前掲甲第一号証の一、二、第二号証、証人庄司信三、福地寿(第一回)の各証言により推認するに十分であるから、抵当物件の価格が債権金額よりも少ないことを理由とする原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当といわねばならない。

よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 佐々木泉 安達敬)

第一、第二目録〈省略〉

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